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Is Pursuing Art While Working Full-Time a “Half-Hearted” Choice?

This article reflects on what it means to pursue creative work—such as acting or writing—while working a full-time job in Japan.
In a society where people often expect individuals to choose one clear professional path, combining multiple identities is sometimes seen as “half-hearted.”

But isn’t there value in embracing a life where both stability and creativity coexist?

Through the lens of Shibai Interior, this piece explores:

  • how full-time work can expand artistic perspective,
  • why uncertainty is essential to creative thinking,
  • and how art and theater can live within everyday life—not just on stages or in galleries.

We invite readers to rethink what it means to “work,” “create,” and “belong.”


クリエイティブな活動と会社員を両立していると、
「いつかそっち一本に絞るの?」
「それって趣味なの?」
そんなふうに聞かれることはありませんか?

私はあります。

芝居をしているとか、何かをつくっていると自己紹介しただけで、「=アーティスト」だと見なされてしまうことがよくあります。
でも、ちょっと待って……と感じることもあります。

「日常の中で表現する」を、もっと肯定してもいいのでは?

最近では「本業のかたわらに別の活動を持つ働き方」が少しずつ社会にも受け入れられるようになってきたと言われています。ある調査によると、働き盛りの世代のうち約4人に1人が仕事以外にも自分の活動を持っていて、ほとんどの人が「そういう生き方を認めてくれる会社に魅力を感じる」と答えたそうです。

「会社員だからこそ広がる視野」がある

たしかに、土日や退勤後に自由な時間が限られてしまうのは事実です。しかし私は「会社員として働くこと」が創作活動にも思わぬ広がりをもたらしてくれると感じています。さまざまな立場の人と協働したり、組織の構造を内側から見る経験は、芝居や作品づくりの視点を豊かにしてくれます。

一方で創作を仕事にしている人の中には、「社会に適応できないからこうしてる」「好きなことだけやりたい」「お金や評価には関わりたくない」といった声を上げる人もいます。それがあまりにも内向きになりすぎて、限られた人にしか届かなくなっている場面を見かけることもあります。正直なところ生きている限り、誰もが社会の一員という枠から完全には逃れられません。「これだけをして生きていく」と言い切ることは、意志であると同時に、現実への盲点にもなり得ると私は感じています。

「数字があるから正しい」という幻想

たとえば、
・成果を出している
・レスポンスが早い
・評価されている
といった“わかりやすい証拠”を持っている人を無条件で素晴らしいと考えることはありませんか?でも、それはあまりに表面的すぎる生き方かもしれません。同じ会社の中にいても、全員が同じ気持ちで働いているわけではありません。
もし全員が同じなら、それはもはや宗教です。

表現が閉じていたのは、自分ではなく社会のほうかもしれない

日本のアート市場は世界的に見てもとても小さな規模です。アメリカなどでは寄付や投資といった形でアートに対する支援文化が根づいていて、社会全体で表現を育てる仕組みがあります。

日本の演劇も劇場の減少や再開発の影響で、小さな表現の場がどんどん失われています。観客層も業界内で完結してしまいがちで、知り合いの関係だけで成り立っていることも少なくありません。

もちろん、「もっとオープンな活動を」とか「商売として成立させろ」といった考えに私は与しません。しかし日本のアートや演劇の多くが外との接点を持たないままそのままでいいと思っているように見えるのはやはり気になります。

もしかすると本当に閉じているのは表現そのものではなく、それを受け取る側の構造や社会の仕組みなのかもしれません。

「自信を持て」という空気に違和感がある

表現者は自分の中にある疑問や揺らぎを大事にして世界を見ようとしています。時には作品の方を前に出して、自分自身は一歩引くこともあります。
作品と作者は、いつも対等な関係です。

そういう時に「自信を持てばいいのに」と言われることがありますが、私はその言葉に違和感を覚えることが多いです。「胸を張ること」が、かえって思考停止につながることもある。

不安を抱えているからこそ、良い表現が生まれるのではないか。私はそう思います。

しばいんてりあが担う役割

しばいんてりあは、「お芝居を生活の中に、心には小さな道具を」という考えを大切にしています。

表現の場を劇場や美術館に限らず、日常生活の中に見出していくこと。それが私たちの目指す方向です。「オルタナティブだね」と言われるかもしれませんが、私にとっては自然な形です。

本業と並行して活動することの価値

会社員として働きながら創作を続けることは、決して「中途半端」ではありませんむしろ会社員であることが創造性を育て、視野を広げる力になると信じています。もし、誰かから「価値観が違う」と言われて行動を制限されたり、働き方の選択肢を奪われそうになったら、それは組織や社会の問題というより、「想像力の不足」かもしれません。表現は作品をつくる前から始まっています。日々の選択や姿勢そのものがすでに表現であるはずです。

最後に

間違いなく咲いていて、
間違いなく香りを運んで、
間違いなく幸せを呼んでいる。
急かされても焦らず咲いていて。

「中途半端」という言葉に、咲き方まで決められる必要はありません。それぞれのペースで、自分の道を進んでいい。

そう信じています。

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Now known only to the person himself, “Shiba-interior”

Discover the dual personas of Kageyama Haruka, an artist and actor navigating the realms of non-verbal communication through “Shiba-interior.” Explore how blending theater and interior texture fosters innovative creative expressions, connecting with both Japanese and global art communities.


発信方法も制作頻度も定まり切らないまま芸術の秋がやってきました。このサイトは6年前に作り始めましたが、しっかりと自己紹介していませんでしたね。今更ながらですが、今回は私の自己紹介と、謎のワード「しばいんてりあ」について少し話そうかなと思います。

かげやま、遥 と Kageyama Haruka

あなたの名前はどれよと思われている方もいらっしゃることでしょう。私はペンネームを現状2つ使い分けています。読み方はどちらも「カゲヤマ ハルカ」で本名です。漢字表記で日常生活している中で表記が違う2つのペンネームを使うことにしました。

かげやま、遥 について

「かげやま、遥」という平仮名表記は、主に役者活動で使用しています。苗字を平仮名にした理由は、本名の漢字が環境依存文字で使いづらいためです。また、苗字と名前の間に読点が入ることが特徴のこちらのペンネーム、役者は常に誰かの人生や時間の中で生きている生き物、だから名前だって生きている限り句点なんてつけられないはずだ!!。そんな感じで読点は存在しています。

Kageyama Haruka について

ローマ字表記の「Kageyama Haruka」は、創作活動全般で使用しています。幼少期から油絵具に親しみ、テクスチャや動きに魅了されてきた私は、美術やアートの枠を超えて活動の幅を広げたいと思っています。ローマ字表記にすることで、日本国内だけでなく国際的な活動にも対応しやすくなるのではないかと考えています。

「kaげyaま、」はどうなりたいのか

名前は2つに分かれていますが、読み方はどちらも変わりません。私の目標は「非言語な会話を通じて、多くの人々や場所と繋がること」です。役者は台本を読み台詞や物語のメッセージを論理的に捉えてお客様に伝えますし、創作もキャプションや建前上の説明はするかもしれません。しかし私はその言葉になっている部分の隙間や周囲に隠れている空気や表情、体調の移り変わりが新しい気持ちや景色を大きく動かして行くと考えます。「私の名前はカゲヤマハルカです」。のように私たちは自分自身の名前を認識して、年月を追うごとに人から言われたことや出来事を通じて自分を分かったような感じになっていきますよね。自信がありそうに振る舞うことにして直視しなくなる部分も増えていきます。しかしその認識や名前は本当にあなたなのか、そこを心地よく楽しく紐解くことができるのが非言語な会話です。まずは私が出会う一人一人とテクスチャ、感情、感覚をやりとりし合うことから始めて世界中と繋がり、共に新しい表現方法を紡いでいきたいと考えています。

しばいんてりあ

ここまでは私の活動目的について話してきました。では、アカウント名「しばいんてりあ」についてお話しします。「しばいんてりあ」は「芝居」と「インテリア」を組み合わせた言葉です。私たちは息をするように おしばい をしながら生活しています。1人でいるときですら仕事や誰かへの想いに頭も心も支配されている時間があります。つまり日々の生活において暗転や上手下手にはけて休む時間なんてほとんどなく、ずっと舞台の上で何者かになりきり続けている状態です。「しばいんてりあ」では、日常生活における「小道具」をみなさんと一緒に探し、創作と演技が融合した新しい世界を目指しています。

私の活動サイトを訪れてくださった皆さんと、色々な会話を楽しみながら新しい繋がりを築いていけることを楽しみにしています。ぜひ、私や「しばいんてりあ」と共に新しい世界を創りましょう。

https://shademan.thebase.in/

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A behind the scenes look at Japan’s Romeo and Juliet

In this blog post, I’ll talk about my experience creating props for the Tentoumushi Theatre Company’s production of Romeo and Juliet. I’ll talk about the challenges I faced, how the props were used onstage, and what the performance was like.


人間の体温よりも暑い気温の夏。。特に今年は外に出ると身の危険を感じるほどの熱気と日差し。。暑さと湿気に人一倍弱く、夏が来ると頭の動きが遅延する私は呻きながら今年の暑さを乗り切ることにした。その中、劇団天動虫さんの公演の小道具制作に関らせていただいたので、その体験についてお話ししたいと思う。

劇団天動虫とは?

2012年3月に旗揚げした劇団で年に1回の劇場本公演に加え、年2回程度カフェなどの劇場ではない空間での小公演を開催されている天動虫さん。「太陽に向かって飛ぶ」というてんとうむしの習性に因んで、「明るい未来・高い目標へ進み続ける集団」でいられるよう願いを込めて、劇団天動虫(てんとうむし)と命名、「たとえ小さな虫でも、天を動かすエネルギーを秘めている」というメッセージを込めて「天動虫」という漢字をあてているそう。作品は、流山児☆事務所出身の帆足知子さんが演出。

劇団天動虫のサイトはこちら

制作きっかけ

お芝居と美術制作って場所や気持ちを創り上げる感覚が似ているなと思っている私は、舞台で役者以外の経験も一歩深めてみたいなと思っていた。そんな中で見つけた劇団天動虫さん、とてもわくわくしてしまい唐突に「小道具を手伝ってもよいか。。」と話しかけたらいいよとのこと。全く無信用な私を受け入れて頂いた。。

ちょっと変わったロミジュリの舞台

今回の公演はシェイクスピアの作品であるロミオとジュリエットの題材に「宣託」という要素を追加した新しい解釈のロミジュリ。物語上でのジュリエットの役割を考えながら現代人が抱えるモヤモヤした感情にも焦点を当てている。舞台美術は灰色の箱馬と段差があるだけのシンプルな仕様。役者さんは固定の役が無く色々な立場の人物を代わる代わる演じて繋いでいく構成で殆どピンク色の衣装。そしてなぜかひまわりを持ち、展開していくロミジュリの各場面にはジュリエットが出てこない不思議な世界観の舞台だった。

公演情報も載せました。

曲合わせ、群唱などもしながら知恵の輪のように進めていく芝居。「動きが覚えられない」「役が繋がらない」と言いながらも役者さんは稽古ですごい速度で場面を動かしていた。

ジャンプが高い。。

小道具制作は勉強の連続!

劇団員のまゆこさんにほぼお直し、流石!なアドバイスをいただきながら作ったので作りました、担当しましたとは言えたものではないが、以下が制作した小道具だ。

こちらは両家の旗。使いやすさについても色々工夫が必要だったがそれよりも「キャピュレット」「モンタギュー」の文字が読めるように作ることにとても苦戦した。脚本の後半部分を旗が半ばできてきた頃頂き、キャピュレットが赤、モンタギューが青というよくあるロミジュリの舞台で両家を表す色分け以外でもデザインできたなぁと演出さんとの打ち合わせ不足も大反省。。しかし、良い柄に仕上がってこれからの制作で活かせそうとわくわく!


こちらは布を貼って作ったお面。

初、小道具制作。「役者さんが使っても壊れないか、使いやすいか」「照明で色が飛ばないか」「そもそも脚本の世界観を解釈してデザインできているか」という基本の基から色々学んだ。。絵画畑の私はこうしたら面白いのでは、こんなものありそうと言ったアイデアは出せるけど全て2次元解釈なので実用性や耐久性はあーそっか、なるほど、おー!!の連続だった。そしてそれに続いて出てきた「コスト」。こんな質感のこんなものを作るとよく映えるだろう、と考えてそのイメージに合う材料を買ったり加工方法を考えることはできるけど、稽古場で試す時間や実際の費用感から逆算した買い物や処置ができないと本当に物語の役に立つ小道具にはならないと言うのが1番の気づきだった。

「天動虫版ロミオとジュリエット ~宣託~」での小道具制作はただ存在感がある映えるものを作るだけでなく、脚本や演出の自分なりに解釈し、それを稽古の進捗や実用性も含めて話し合って調整する大切さを教えてくれるとても贅沢な経験になった。制作に関わらせていただきありがとうございました。あと、役者さんの稽古時間の無駄のなさ、役者としてもとても見習うべき姿勢に思いました、稽古が作ってきた役の人格や動きをみんなで確認しながら場面を作って行く時間なことはわかっているつもりでしたが、演出さんの世界観待ち、周りの役者さんのリード待ちに私はまだまだある役者なんだなと一段上の稽古を学びました。またもっと芝居空間を支える力をつけて絡ませてください!